アガサ・クリスティー長編三作目/エルキュール・ポアロ長編シリーズ二作目。
意外な良作。タイトルで損している。
あらすじ
南米の富豪ルノーが滞在中のフランスで無惨に刺殺された。事件発生前にルノーからの手紙を受け取っていながら悲劇を防げなかったポアロは、プライドをかけて真相解明に挑む。一方パリ警視庁からは名刑事ジローが乗り込んできた。たがいを意識し推理の火花を散らす二人だったが、事態は意外な方向に……。――早川公式サイトより
感想
※既読ですがほとんど忘れています。
こんにちは、箱庭皇帝です。
それにしてもまったく売る気の感じられないひどいタイトルで、なにを考えて作者はこんなタイトルにしたのでしょうか。しかも驚くべきことにこの作品、ゴルフまったく関係ないんですよ。でもよくよく考えてみると、女史の作品のタイトルってどれもたいがいシンプルですよね。「外面より中身で勝負よ!」ってところでしょうか。
ポアロ長編シリーズ二作目でありながら、少年時代の私がなかなかこの作品に手を出さなかった理由も、まさにこのいかにも食指が動かないタイトルが原因でした。ところがじっさい読んでみると、これがなかなかミステリとして出来がいいんですよ。
たしかにまだまだ荒削りな部分はあるんですが、『スタイルズ荘』で見られた過剰な複雑さはなくなっていますし、犯人の意外性も申し分ありません。いい意味で期待を裏切られました。
屋敷内の地味な遺産相続問題に終始した『スタイルズ荘』とは違い、冒頭の謎のお転婆娘との出会いから始まり、謎めいた依頼人の殺害事件、素性のわからない男の死体、語り手のロマンス、ホームズ的な現場探偵との推理勝負など、読者を楽しませようとする趣向も盛りだくさんです。
物語はフランスの別荘地にある二つの屋敷を中心に展開します。この作品の難点として、二つの屋敷の位置関係や死体発見現場の場景、ポアロが手紙を受けとってから第二の死体が発見されるまでの時間経過などが文章だけだといまいち把握しづらいところがあげられます。ただし舞台描写の曖昧さは読者の推理にそれほど影響しませんし、時間経過については中盤にポアロとヘイスティングズが会話するなかで整理してくれるので問題ないでしょう。
ヘイスティングズは相変わらず愚鈍で、あろうことか今回は事件に直接影響を及ぼすのですが、これはもう事件捜査から永久追放されても文句が言えないレベルですね。そんな彼には今回の物語の終わりにとても印象的な出来事が待っています。じつは前回私がこの作品を読んではっきり覚えていたのはそのことくらいでした。
終盤にはこれで終わりかと思ったところに、最後の一捻りが加えられ、初読時には私も騙された記憶があります。クリスティーの作品のなかでもミステリとしての満足度はかなり上位に来る作品ではないでしょうか。
それにしてもクリスティーって、当作のジャックにせよ、『スタイルズ荘』のジョンにせよ、男のあやまちにけっこう寛容ですよね。
あと翻訳でちょっと気になるのが、ポアロとヘイスティングズの会話です。『スタイルズ荘』のときはおたがい丁寧語で話していましたが、こちらではため口になっています。ホームズものの「ワトソン/ワトソン君」問題同様、どちらが正しいとかいう話ではないのですが、できれば同じ出版社では統一してほしいですね。ちなみに私は丁寧語のほうがしっくりきます。
ネタバレ感想
この作品のメイントリックはいわゆる顔のない死体と入れ替わり(未遂)で、これ自体は比較的オーソドックスですが、お話全体の3/4くらいの段階でそのネタばらしをしてしまうところが贅沢です。その後は消化試合になると思いきや、そこからさらに二転三転するなど内容は盛りだくさんで、飽きさせない展開になっています。
やや残念なところはナイフの数が増殖したり、計画に都合のよい死体が現れたり、ポアロが不自然なかたちで計画に組み込まれたり、偶然の出会い・遭遇が何度もあったり等々、ご都合主義的な要素が少なからず見られるところでしょうか。ただし読んでいるあいだはこうした瑕疵はそれほど気になりませんでした。
動機については、作品全体に愛か金かという二択をにおわせる描写が通徹しているのですが、愛の象徴に見える真犯人の動機がけっきょくは金だったというのが洒落ていて膝を打ちました。クリスティーはここら辺の印象の反転が非常にうまい作家だと思います。
クリスティーは「犯人は必ずその犯罪をおこなう性質を備えていなければならない」という趣旨のことをつねづね述べています。そのモチーフとしてしばしば用いられるのが登場人物の遺伝的要素です。現代の知識からするとやや過剰に遺伝的影響を捉えているようにも思いますが、そこは目をつぶりましょう。
今作品でクリスティーはこの遺伝的分析をことさらジャック・ルノーに対して用いますが、これ自身が二重三重のミスディレクションになっています。具体的には、ジャックと父ポール・スノーとの遺伝的繋がりを強調することで、愛情深い母との遺伝的繋がりや、マルトとその母との遺伝的繋がりから読者の目を逸らすことを意図しています。いっぽうで父と同様悪女に翻弄されるところにやはり遺伝的繋がりはしっかりあるんだよというオチをつけることも忘れていません。
最終的にマルトは親の呪いに飲まれて沈み、ジャックはベラの力を借りてそこから逃れます。つまるところこの作品は悪しき呪いにとらわれた家系の明暗を描いた物語なのです。
採点
※採点項目の詳細については以下参照
項目は多すぎず少なすぎずをモットーに7つに厳選したので(ほんとは5つまで絞りたかった)、ミステリ小説の通常の評価軸とは若干異なるところがあるかもしれませんがご了承ください。あまり厳密にやりすぎるのも息苦しいので、アバウトに捉えてください。★1点、☆0.5点の5点満点(他作品との兼ね合いで評価を変更する場合もあります)。
関連リンク
【Amazon】 [アガサ・クリスティー/田村義進(訳)] ゴルフ場殺人事件 (クリスティー文庫)
【前作長編】 [アガサ・クリスティー/嵯峨静江(訳)] 秘密機関 (クリスティー文庫) ※トミーとタペンス