アガサ・クリスティー長編七作目/ポアロシリーズ四作目。
こ、これは……。
あらすじ
ポアロの家に倒れ込んできた男はうわの空で数字の4を書くばかり――国際犯罪組織〈ビッグ4〉と名探偵の対決はこうして幕を開けた。証人を抹殺し決して正体をあらわさない悪事の天才四人を追って、大陸へ渡ったポアロを恐るべき凶手が待ちうけていた。――早川公式サイトより
感想
※既読ですが、ほとんど覚えておらず。
こんにちは、箱庭皇帝です。
クリスティーの裏芸・スパイもの(冒険小説、スリラー)が、とうとうポアロシリーズにまで侵食してきてしまいました。とは言えここまでの作者の長編小説を列挙してみると、
- 探偵小説(スタイルズ荘の怪事件)
- 冒険小説(秘密機関)
- 探偵小説(ゴルフ場殺人事件)
- 冒険小説(茶色の服の男)
- 冒険小説(チムニーズ館の秘密)
- 探偵小説(アクロイド殺し)
- 冒険小説(ビッグ4)
なんと、冒険小説のほうが多い! よっぽど冒険小説が好きだったんですね。
その後も
- 探偵小説(青列車の秘密)
- 冒険小説(七つの時計)
- 探偵小説(牧師館の殺人) ※ミス・マープル
と続き、これ以降、めっきり冒険小説を書かなくなります(次作は『NかMか』(一九四一))。
さてさて、そんななか本作はポアロ長編シリーズで唯一のスパイものになるわけですが、いやあ、さすがにポアロシリーズとスパイものは相性が悪すぎました。これまでの作者の冒険小説でダントツに出来が悪いです(のちにさらなる大物が控えているようですが……)。
しかしながらリーダビリティーは意外と悪くはなく、デビュー作の『スタイルズ荘の怪事件』あたりと比べると、よほどページをめくる手は止まりません。というのもこの作品はもともと雑誌に連載された短編を一つにまとめたものなので、章ごとに小さな謎や事件とその解決がなされ、通常の推理小説にありがちな中盤の捜査パートの中だるみが見られないのです。
問題はその「小さな謎や事件とその解決」の質がことごとく低いことです。
そもそも私はクリスティーは典型的な長編作家だと思っていて、彼女の書く短編小説にはあまり関心が湧きません。本人も短編小説の執筆にはあまり乗り気ではなかったのではないでしょうか。本作もご多分に漏れず、全般的にやっつけ仕事感が半端ないです。
本作はポアロのキャラクターからして不自然で、いつもよりかなり間抜けに映ります。具体的には、「このポアロはすべてお見通しです」という感じで自信満々に敵のアジトに乗り込んだとたんに待ち受けていた敵に捕まってヘイスティングズともども簀巻きにされてしまう、みたいなくだりが何度もあって、おそらく作者としてはスリラー小説としてのドキドキハラハラ感を演出しようとしているのだと思うのですが、それがことごとくいわゆる「シリアスな笑い」のようになってしまっているのです。だからある意味面白いといえば面白いのですが、ポアロシリーズには誰もそんな面白さは求めていないわけです。
またこの作品は、ホームズとモリアーティ教授のような宿命の対決を書きたかったのかもしれませんが、そのライバルに当たるナンバー・フォーのキャラが薄すぎて魅力的ではないのが致命的です。
とまあ、ずいぶん厳しい物言いになりましたが、ポアロとアクション(?)というおよそ不釣り合いな組合せが見られるのは本作だけかもしれないので、たまには風変わりなポアロものが読みたい人はぜひ挑戦してみるのもいいかもしれません。けっして読み進めるのが苦痛な話ではありませんしね。
ネタバレ感想
そもそもこれ、(我々がクリスティーに期待する意味での)推理小説の態をなしていません。通常のクリスティーの長編は序盤に事件があって、中盤に探偵による捜査やいろいろな人間模様が描かれて、最後に意外な犯人や真相が明かされるという流れで進みますが、本作は、章ごとに小さな事件が起こり、それが解決され、また小さな事件が起こり、それが解決され……というのが延々と繰り返され、最後に物語全体をとおした意外な犯人や真相が明かされる……かと思いきや、何もないまま終わってしまうのです。
そのため初読や、再読でもほとんど中身を忘れている読者の場合、(舞台設定はとても安直ではあるものの)読んでいる最中は「けっこう面白いな。真相はどんなだろう」と期待に胸を膨らませつつページをめくってゆくのですが、最後まで行ったところで何の驚きもないまま大団円を迎えてしまい、ずっこけることになります。そのものすごい消化不良感のせいで、より評価も辛辣になってしまう傾向にあるのでしょう(まあ、じっさい駄作ですが)。
ところで私は本作を読んでいるとき、なぜか頭にクイーンの『Xの悲劇』がしばしば浮かびました。というのもあの作品の犯人の扱いはどことなく本作と似ているように思うのです。あちらは掛け値なしの名作でフーダニットとしても秀逸です。となるとこの作品も書籍化の際にナンバー・フォーの描写のしかたを工夫し、フーダニットの体裁をしっかりと整えてやれば、『Xの悲劇』に匹敵するような傑作になりえたかもしれません。あまつさえナンバー・ワンの正体にももっとこだわっていれば、ひょっとすると『Xの悲劇』を超える名作たりえたかも――なんて夢想をしてしまいます。……え、そんなわけあるかって? そうですね。
ちなみに本作は書籍の刊行順としては『アクロイド殺し』のあとですが、じっさいに書かれたのは『アクロイド殺し』よりも前のようです。そして今作の最後でポアロは探偵業の引退を決めて、短編集『ヘラクレスの冒険』で引退準備、引退後に移住した村で『アクロイド殺し』の事件に遭遇という流れらしいです。『ヘラクレスの冒険』は大昔に古い版の文庫本を買ったような気はするのですが、読んだかどうかすら記憶が定かではありません。
その他、メモ書き。
- 作中に出てくるロサコフ伯爵夫人は本作以外に二つの短編「二重の手がかり(『教会で死んだ男』所収)」「ケルベロスの捕獲(『ヘラクレスの冒険』所収)」に登場するようです。
- 作中二ヶ所で日本について言及されています。一つは「関東大震災」について。一つは「ジュウジュツ」について。とくに関東大震災の話題については時代を感じますね。
- ヘイスティングズさん、いくらなんでも奥さんを放っておきすぎでしょう。
採点
※採点項目の詳細については以下参照
項目は多すぎず少なすぎずをモットーに7つに厳選したので(ほんとは5つまで絞りたかった)、ミステリ小説の通常の評価軸とは若干異なるところがあるかもしれませんがご了承ください。あまり厳密にやりすぎるのも息苦しいので、アバウトに捉えてください。★1点、☆0.5点の5点満点(他作品との兼ね合いで評価を変更する場合もあります)。
関連リンク
【Amazon】 [アガサ・クリスティー/中村妙子(訳)] ビッグ4 (クリスティー文庫)
【Amazon】 [アガサ・クリスティ/厚木淳(訳)] 謎のビッグ・フォア (創元推理文庫)
【前作長編】 [アガサ・クリスティー/羽田詩津子(訳)] アクロイド殺し (クリスティー文庫) ※ポアロ