立派な意見も言葉の誤用で説得力が低下する
昨今ではさまざまな人がネットを利用して情報発信をしていて、情報を得るにはとても便利な世の中になりました。いっぽう、得られる情報は玉石混淆で、受けとる側の眼力が試される時代になったとも言えるでしょう。
ある人の言論が地に足の着いたものであるか否かをはかる指標の一つとしてその人の語彙力があげられます。その人の言葉の使い方や言葉の間違い方で、普段の知的態度や専門性の有無などが透けて見えてくるからです。
たとえば読書家を名乗る人が「いつもどうり」などと書いたりするのを見るとげんなりしますし、医療の専門家を名乗る人が「対処療法」なる用語を使ったとたん、その人の発言内容は警戒しながら受け止めることになります。
言葉の間違いは無数にあって全部をあげることは不可能なので、ここでは私がネットサーフィンをしていて特に気になるものや、思わず笑ってしまったものなどを紹介していきたいと思います。
定番だが絶滅しない誤用
「う」と「お」の混同
プロの文章ではさすがにそれほど出てきませんが、ゲームのテキストではやたら目にします。
- とうり【×】/とおり(通り)【○】
- どおりで【×】/どうりで(道理で)【○】
- うっとおしい【×】/うっとうしい(鬱陶しい)【○】
- ほのう【×】/ほのお(炎)【○】
せざるおえない
こういう間違いをする人は字でなく耳で覚えているんでしょうね。あるいは「手に負えない」あたりとごっちゃになっているのか。正しくは「せざるを得ない」です。
すべからく
「すべて」の意味ではありません。この誤用はあまりにも多いので、間違いを指摘すると「すべからく警察」と言われて鬱陶しがられることもよくあります。漫画やアニメの「天才キャラ」がよく誤用します(編集はなぜこれを見落とすのでしょうか?)。
この言葉の本来の使い方は漢文訓読に由来する「すべからく~すべし」で、文字面を見れば分かるようにこれは(馬から落馬のように)一種の重複表現です(「すべ」の部分)。
本来忌避されるはずの重複表現がなぜ現在でも使われているのかというと、中国文学者の故・高島俊男先生いわく、「すべからく」が「予告語」として役に立つからです。
「予告語」というのは高島先生の造語ですが、「決して(~ではない)」、「おそらく(~だろう)」というように、その語が出てくると文末にどんな言葉が来るのか予測できるような語のことです。日本語の文章は結論が最後に来ることが多いので、とりわけむかしの人が書いたような一文がだらだらと長い文章では予告語は大いに役に立ったことでしょう。
しかしながら現代の簡潔を良しとする日本語においてはそもそも予告が必要になるほど長い文章はまれですし、それならばあえて重複表現を使ってまで「すべからく~すべし」を使う必要はそれほどないのではないかと個人的には思います。もちろん文の調子を整える用途であえて使うことまで否定はしませんが。
耳障りがいい
ヤフコメあたりでよく目にします。「肌触りがいい」あたりからの混同でしょう。もっともらしいことを言っている人が「耳障りがいい」という表現を使ったとたん、ガクッときてしまいます。
ただ、「障り」と「触り」の語源って一緒じゃないんですかね? だとしたら将来的には「耳ざわりがいい」も誤用ではなくなるかもしれません。その場合、「目ざわりがいい」なんてのも使われるようになるのかな?
ちなみに「話のさわり(触り)」は冒頭部分ではなく、主要な部分や名場面のことです。
煮詰まる
けっこう立派な肩書きを持った人でも「行き詰まる」の意で使っているのを目にします。
永遠と
正しくは延々と。ヤフコメや5ch、YouTubeでよく遭遇します。文章のプロはあまり間違えない印象。
役不足
確信犯と並ぶ、いざ使おうとすると混乱する二大巨頭。「力不足」的なニュアンスで使っていることが多い?
これは「あなた>役」という不等式を思い浮かべると理解しやすい。与えられた役がショボいせいであなたは不満を覚えるのです。
間違っている人のほうが多い?
とんでもございません/とんでもありません
漫画やアニメに出てくる老執事や秘書がよく使っています。
「とんでもない」で一つの単語(形容詞)であるというのが通説なので、正式には「とんでものうございます」とすべきですが、さすがにこれは古くさい。単に「とんでもない(です)」か、もう少し丁寧に「とんでもないことでございます」あたりが適当でしょう。
押しも押されぬ
正しくは「押しも押されもせぬ」。
敷居が高い
本来は「不義理を働いた人の家に行きにくい」という意味ですが、「いまの自分には負担が大きいがやらなければならない」という感じで使われることが多いようです。これはもう認めちゃってもいいような気もしますが、自分なら「ハードルが高い」あたりを使うかな。
真逆(まぎゃく)
正しい読みは「まさか」ですが、いまでは「まぎゃく」がすっかり市民権を得てしまっていますね。十年以上も前だったか、テレビのアナウンサーまでが使いだしたのを見たときは愕然としましたが、さすがにもう慣れました。「正反対」より言いやすいってのもあるでしょうが、私自身はまだ使うのに抵抗があります。
他人事(たにんごと)
正しい読み方は「ひとごと」。生前の三宅久之さんが、誰かが「たにんごと」と誤読するたびに不機嫌になっていたのを思い出します。もともと「人事(ひとごと)」と書いていたのが「人事(じんじ)」と紛らわしいので「他人事」表記になり、それが誤読されるようになったという流れらしいです。まあ、「ひとごと」よりも「たにんごと」のほうがわかりやすいっちゃあわかりやすいし、これも認めちゃっていいかな。自分では使いませんが。
的を得る
正確には「的を射る」……と言いたいところですが、「得る」でも問題ないという説もあるようです(私の記憶が確かならば、ある有名な国語学者が著作のなかで「得る」を使っているのを見たことがあります)。ただし個人的には「的を射る」の使用を強くおすすめします。理由は簡単で、「得る」を用いて損することはあれど得することは基本ないからです。
一生懸命
もとの意味を考えれば「一所懸命」が正しいでしょうが、もう言っても無駄か。「一生懸命」のほうが圧倒的に使われていますね。
爆笑
これはちょっと状況が複雑です。
「○○さんが爆笑する」と書くと、「いやいや爆笑は大勢の人が大笑いすることだから」と指摘が入ることがあります。クイズ番組でも定番のネタですね。しかしながら「大勢の」というのは必ずしも自明ではなく、むしろ確認される最初期の使用例は「一人で爆笑」しているらしいです。
その見解を認めるなら、「○○さんが爆笑する」を誤用と指摘する人のほうが間違っていることになります。しかしながら複数の辞書でも意見が分かれるうえ、プロの文筆家でも「一人(少数)で爆笑」を誤用とする人は多そうです。
個人的には、一人もしくは少数の人間が激しく笑うことをあらわす端的な表現があまりないので、誰か権威のある先生が「一人(少数)で爆笑は問題ないよ!」と宣言してくれるとありがたいのですが(他力本願)。
最高学府
大学一般のことです。東大や名門大学のことではありません。ただし「学問を学ぶところとして最も程度の高いところ(大辞林)」というのを文字どおりに解釈するなら現代では大学院のほうが適切かもしれません。
自称専門家は注意
一般人ならしょうがないが、素人が専門家ヅラしてはったり噛ますときは要注意。
対処療法【×】/対症療法【○】
近ごろはコロナ騒動もあってTwitterあたりに自称医療関係者がゴロゴロいますが、こういうところでボロが出るので注意が必要。
賃借(ちんしゃく)対照表【×】/貸借(たいしゃく)対照表【○】/貸借人(たいしゃくにん)【×】/賃借人(ちんしゃくにん)【○】
もはや定番の間違いですが、正直、「賃借(ちんしゃく)対照表」の響きが強烈すぎて、いきおい「賃借人(ちんしゃくにん)」まで誤用であるような錯覚に陥るのは私だけでしょうか。
タックスヘヴン(Tax Heaven, 税金天国(?))【×】/タックスヘイヴン(Tax Haven, 租税回避地)【○】
むかし「タックスヘブン」というタイトルの本を見た記憶があります。ネタ本だったのかもしれないが。
※ただしウィキペディアによるとフランス語やドイツ語では「税金天国」的な用語の使い方をするらしい。ややこしい。
ブタペスト【×】/ブダベスト【×】/ブダペスト【○】
国際関係の専門家を名乗るときはこのあたりは気をつけましょう。
IEEE(アイ・イー・イー・イー【×】/アイ・トリプル・イー【○】)
初見じゃぜったい間違えそう。
その他、面白かった間違い、気をつけたい間違い
ここからは私が実際にネット上で目(耳)にして思わず笑ってしまった間違いや、地味だが意外とよく見かける間違い集です。
- 患部なき(かんぶなき)【×】/完膚なき(かんぷなき)【○】
- 凶弾する(きょうだんする)【×】/糾弾する(きゅうだんする)【○】
- 年棒(ねんぼう)【×】/年俸(ねんぽう)【○】
- 痩せすぎ【×】/痩せぎす【○】
- ※これはたしかYouTubeの動画だったと思うんだけど、その人がネットかなにかの文章を引用する際に「痩せぎす」のことを「痩せすぎ」「痩せすぎ」連呼していてなかなかシュールでした。
- 鳥合の衆(ちょうごうのしゅう)【×】/烏合の衆(うごうのしゅう)【○】
- 概ね(がいね【×】/おおむね【○】)
- ※あるYouTuberが「ガイネ」「ガイネ」言ってるので、いったい何のことだろうと首をひねっていたのですが、しばらくして「概ね(おおむね)」だと気づきました。
- 仕切りが高い【×】/敷居が高い【○】
- 堀(ほり)の向こう【×】/塀(へい)の向こう【○】
- 責任転換(てんかん)【×】/責任転嫁(てんか)【○】
- ※けっこう賢そうな人があまりにも堂々と使っていたので、実は法律用語かなにかでそんな言葉があるのかと思わずネットで調べてしまいました。
- 滑車(かっしゃ)をかける【×】/拍車(はくしゃ)をかける【○】
- ※なんか笑った。
- 恩恵に授かる(さずかる)【×】/恩恵に与る(あずかる)【○】
- ゲージ【×】/ケージ【○】
- ※一部の猫系YouTuberが猫用の檻のことをやたら「ゲージ」「ゲージ」言うけど、「ケージ(檻・籠)」だよねえ、たぶん。
- 強固派【×】/強硬派【○】
- 論旨(ろんし)解雇【×】/諭旨(ゆし)解雇【○】
- 経歴詐取(さしゅ)【×】/経歴詐称(さしょう)【○】
- 看過する/看破する
- ※どちらも間違いではありませんが、後者のつもりで前者を使っている人がいました。ほぼ逆の意味になります。
- 凋落(しゅうらく【×】/ちょうらく【○】)
- 片方をかつぐ【×】/片棒をかつぐ【○】
- ※思わず吹き出してしまった。
- 数多(すうた【×】/あまた【○】)
- ※たまに「数多ある」を「すうたある」とか言う人がいます。
- 半ば(【×】はんば/【○】なかば)
- ※これもあるYouTuberが「ハンバ」「ハンバ」言ってて、なにかと思ったら「半ば」でした。
- 固定概念【×】/固定観念【○】/既成概念【○】
- ※若いころはこういうの絶対に間違えない自信があったんですが、正直、最近は私もあやふやです。とは言え既成概念はあまり間違わないと思うので、「既成は概念だから固定は観念」と覚えましょう。
- 味あわせる【×】/味わわせる【○】
- 一様(いちよう)/一応(いちおう)
- ※明らかに「一応」と書くべきところを「一様」と書いている人がいました。言葉の響きで覚えているのでしょう。
- デフォルトスタンダード【×】/デファクトスタンダード【○】
- 碧眼(へきがん)/慧眼(けいがん)
- ※「それは確かに彼の碧眼(へきがん)【×】だけど~」みたいな書き込みをしている人がいました。
- 行脚(こうきゃく【×】/あんぎゃ【○】)
- うる覚え【×】/うろ覚え【○】
- ※方言という説もあります。
- 改鼠(かいそ?)【×】/改竄(かいざん)【○】
- 殺鼠剤(【×】さっちゅうざい/【○】さっそざい)
- ※さっチューざい……。ネットというよりフジテレビだったか。他局で丁字路をT字路の誤用だと思っていたっていうのもあったな。やばすぎる。
- 栄えある(さかえある【×】/はえある【○】)
- Aさんの来日(来た日【×】/日本に来る【○】)
- ※日本の教育は大丈夫か?
- 事実を「湾曲(わんきょく)【×】/歪曲(わいきょく)【○】」する
- 不問律【×】/不文律【○】
- ※おそらくですが不文律(ふぶんりつ【○】)を「ふもんりつ【×】」と覚えていて、さらに漢字を間違えたものと思われます。
- 分水量【×】/分水嶺【○】
- ※たまに見かけるたびに、なんでこんな間違いが起こるのだろうと不思議だったのですが、分水嶺(ぶんすいれい【○】)を「ぶんすいりょう【×】」と誤読しているのだと気づきました。
- 山麓(【×】さんれい/【○】さんろく)
- ※「麗」や「嶺」あたりに引きずられて?
- 台頭(【×】だいとう/【○】たいとう)
- 緩衝材(【×】だんしょうざい/【○】かんしょうざい)
- 茶飯事(【×】ちゃはんじ/【○】さはんじ)
- 御利益(【×】ごりえき/【○】ごりやく)
- 網元(【×】つなもと/【○】あみもと)
- 港(みなと)で噂の~【×】/巷(ちまた)で噂の~【○】
- 定員さん【×】/店員さん【○】
- ※耳で覚えてる系。
- 脈略(みゃくりゃく)【×】/脈絡(みゃくらく)【○】
- 稚出(ちしゅつ)【×】/稚拙(ちせつ)【○】
- 居住(いじゅう【×】/きょじゅう【○】)
- 居室(いしつ【×】/きょしつ【○】)
- ※居間(いま)に引きずられて? 居住については住居の反対と覚えましょう。
- ○○毎に(~まいに【×】/~ごとに【○】)
- 恩恵(おんえ【×】/おんけい【○】)
- 千尋の谷(ちひろのたに【×】/せんじんのたに【○】)
- 一方ならぬ(いっぽうならぬ【×】/ひとかたならぬ【○】)
- ~に堪えない(こたえない【×】/こらえない【×】/たえない【○】)
- 利益相反(りえきあいはん【×】/りえきそうはん【○】)
- 鼓舞(こまい【×】/こぶ【○】)
- 猛者(もうじゃ【×】/もさ(もうざ)【○】)
- 遂げる(つげる【×】/とげる【○】)
- 興味効かない【×】/きょうび聞かない【○】
- 意味深(いみぶか【×】/いみしん【○】)
- ※意味深長(いみしんちょう)の略です。
- 目の当たり(めのあたり【×】/まのあたり【○】)
- 親子さん【×】/親御さん【○】
- 全戸(ぜんと【×】/ぜんこ【○】)
※面白いのがあれば追記します。
恥をさらす
……と、偉そうに語ってきた私自身がかつて間違えていたものを以下にあげます。
- 異にする(いにする【×】/ことにする【○】)
- ※大学のセミナーだったかで、テキスト輪読の際、前の人が「意見をコトにする」と読んだのを聞いて、「コトにするってw」と内心笑っていたら、間違っていたのは私のほうでした。
- 思惑(しわく【×】/おもわく【○】)
- ※こういう湯桶読み・重箱読み系は鬼門ですね。
- ※っていうか誰ですか? 「わく」に「惑」の字を当てたのは……。「思わく」でいいでしょう。
- ※仏教用語に「思惑(しわく)」という言葉があるので、そこから転用されたのかもしれない。
- 枯山水(こさんすい【×】/かれさんすい【○】)
- ※はい。「こさんすい」って読んでました……。
- 一万石(いちまんせき【×】/いちまんごく【○】)
- ※さすがに子供時代の話ですが、歴史の授業で「いちまんごく」を「いちまんせき」と読んで恥をかきました。
- 鬼籍に入る(はいる【×】/いる【○】)
- ※漢字って難しいですね。